昼と、夜の2回パフォーマンス。
昼の回は、大学時代の恩師が現れる。たった1年だったけれど。
文化人類学者・上田紀行さん。
パフォーマンスが終わって感想を頂くが、その第一声が
「お前も大人になったなあ」
という親心的な。仕方ないですよね。10年だもの。
でも、ビジュアル的には、お互いほぼ時間の経過を感じないことに笑。
昼の回。
少し早めに集まって話すが、特に話すことがない。ということが分かる。
「マイクを倒さないように気をつけましょう」
「はーい」
といったところ。
一つだけ試したいことがあり、松島さんにお願いをする。
本番。
私はギターや布を振り回して残響と遊ぶ、声を出す。
メトロノームを揺らしながら鳴らして、不規則な音の連なりを作る。
手すりを金槌で打って、教会の鐘みたいに鳴らす。
歌う。うたう。謳う。唄う。詠う。謡う。唱う。ウタウ。
津田さんは、前回天井の照明設備に設置していたマイクをやめ、床に立てた三脚に設置×2本。
スピーカーは部屋の隅と隅に対角線上に置くが、壁に向けて音を反射させている。
そして、インドネシアの竹笛を吹く。鐘をならす。貝を鳴らす。
設営のとき音を聴かせてもらうと、森のような、音・音・音。
「もう、言葉にならないくらい、なんだろう、すごくおもしろい」(津田さん/本番前)
こう言った津田さんは、子供と老人を足して割ったような、
とてもよい顔をされていていた。
この音空間、何かに似ているな、と思ったら、そうだ、
オーケストラの演奏前のチューニングだ。
音が合ったり離れたり、ふあああっと、ふいに膨らんだり、
あの時間の音は、目に見える。
あの時間がいちばん好き。本編はいつもウトウト。
松島さんは、配管用の扉と壁裏を本番前に発見。ここに入り、そこから出て来ることに。
扉と言っても、40センチ四方の小さな穴。
最初に水筒だけが出てきて、お客さんたちは「え?今なんか、あそこから・・・」
と、そのうち、足から徐々ににじり出て来る。
にじり出る、胎児が生まれて来るみたいに。
この後は、いろんな彼がたくさん現れる。
ハーモニカをくわえて、呼吸を観客に味わってもらったり、
赤いレーザーが回転するオブジェ、その光る点や線と戯れたり、
歌ったり、踊ったり。
私は彼に大きく口を開けてもらって、その中に歌った。
松島さんの口の中は、街みたいだった。ふふふ。
途中ふいに普通の声で「おはよう」と言われて、「おはよう」と返す。
と、そして、突然外に出たかと思うと、バイクで走り去ってしまった。
きょとん。やられた。ステキ。
残された二人は、何をやったか思い出せませんが、二人で最後を迎えました。
しばらくして松島さんが帰ってきます。
「これからだと思った」
自由だなあ、私なんか、まだまだだ、と、憧れてしまう。
終演後は途中駆けつけてくれた友人からお菓子を頂く(後でみんなで分ける)。
「これ、アイマニ食べてください」
「え?これ、何ですか?」
「お菓子です」
「アイマニ?初めて聞いた、面白い名前のお菓子ですね!」
「チガウチガウ、間にみなさんで食べてください」
「・・・あ・・・」
と、おとぼけを全開してしまう。
駆けつけてくださったテキスタイルデザイナーのアリタマサフミさんが
素敵な言葉をくれる。
「見た後と見る前とでは、明らかにこちらに変化をもたらしている。少しの角度であっても、それが何年後かには大きく変容しているような。そして自分の変容が、自分の周りにいる人も変容させる」
両手の平で角度をつくって示して、
その角度の先の開きを、サーチライトの広がりのように表しながら。
三匹の蝶の羽ばたきは、誰かの人生に津波を起こすことがあるかしら。
三人+来てくれた方たちでカレーやハンバーグを食べにいく。
各人の活動や、東京と地方での、芸術活動に触れる機会の格差について話す。
上田さん曰く、
「東京ってすごいね。たくさんのアーティストや活動を、受容し続けているのだから」
松島さんや津田さんの学生時代の話も面白い。
映画や演劇をどこで見ていたか、などなど、。
私は松山という片田舎で育ったから、触れられるものも限られていたが、
手に届く(もしくは届かない)までの膨大な時間やステップは、
手に入れたいものとの関係をより深くしてくれたはずだと信じている。
もちろん、接し方には色々あって、物事や対象を「スキャン」するみたいに接してたって、その数が臨界点を超えると、質に転化するだろうと思う。
さて、夜の部。
セッティングは昼の部と同様。
より自由に、遊ばせてもらう。三人で大いに遊ぶ。
津田さんの笛が、昼よりもじんわりと、その乾いた明るい音に反して、
水墨画の手法<たらしこみ>のように見る人を染めていく。
私は、プロジェクターの光だけを壁に当てて、影絵のようなものを手で作り、
そこに即興で言葉を付けてみた。
うっすらと明るい室内では、プロジェクターの光が藤色に発されて、
レンズの前で手の影を落とすと、何とも言えない、霧の情景になる。
面白かったのは、松島さんが外で歌い、私が中で歌い、
お互いの声が外へ、中へ出入りしたとき。
途中、私も展示スペースからバックヤードに退いて歌うと、
津田さんの設えた<声の主のいない>音空間には、
二人の声の<こだま>だけがゆっくりと駆け巡っているのだ。
何だろうこれは。何だろう、これは。
そして、途中、私も外へ。
裸足で街をさまよう。
自動販売機の横にデッキブラシを見つけて、拝借して戻って来る。
さあさ、プール掃除、とばかり、シャコシャコ床を磨く。
沖縄民謡「安里屋ユンタ」を口ずさむ。
津田さんが歌を捉まえて、絶妙なディレイをかける。
画廊が一瞬にして海岸になった。プール掃除は、海へ流れ込む。
電池とモーターで安定して自転し続ける駒の登場。
本来なら、回さないと光らないし、モーターも回らないのだが、
自宅で色々試している際に壊してしまい、何もしなくてもモーターが動き、
光を発するようになってしまった。
でも、それを箱に詰めると、中に虫がいて、ぶぶぶぶぶともがいているようになる。
その箱のふたをすぅっと持ち上げると、緑の光が表れて、ぶぶぶの音も鮮明になる。
箱から出して、握る。まだ正体は明かさない。
握った拳を壁に当てて、光と音を落とす。
その光を、松島さんの赤いレーザーが時折追いかける。
そうした後、床で回す。緑の光。
バックヤードから先日描いている途中に嫌になったロール紙(ぐしゃぐしゃ)を
取り出す。
ちょっと触るだけで大きな音がする。
それを寝っ転がって抱きしめたり、布団のようにまとったりする。
くるまって呼吸すると、それに合わせて紙が鳴る。
気付くと、松島さんが駒と遊び始めていた。
もう一度外へ。
出ている間に、松島さんは照明を変えて、
テーブルの上で踊ったり、色々していた。
で、「借りたものは返さなければ」と律儀にデッキブラシを戻しに行った私は、
またもや自販機の横に、何と丸太を二本発見。
それを引きずって画廊に戻る。
画廊の前を二往復。
「やらかしとるなー、と思って爆笑しそうになった。みんな気付いてないし!」(津田さん/終演後)
丸太を垂直に持ち、ぽこんぽこん、と床を鳴らす。
最初は外で、次に中で。
お寺から聞こえて来る、何かの音みたい。
ギャラリーに戻ってからは、丸太を両手でもてあそんで音を出したり、動いたり。
そしてやはり今回も松島氏はバイクで走り去る!
泣いてみた。
お客さんは松島さんの行動に笑い出す。
泣いてみた。
壁を蹴った。
水の入ったボコボコ音のするトランペットを吹いた。
去って行ったことを悲しんではいないんだけれど、どうしたらいいか分からないのを、素直に出してみた。
「あの、誠さんが走り去って、阿弥ちゃんが泣き始める瞬間にね、それまでたくさんたまっていた破片が、一気につながるの。ああって、散らばっていた気持ちが昇華されるの」(吉本由美さん/終演後)
そして、松島さん戻る。
丸太を引きずって、引きずった音を声で代弁する。
何往復か歩く。
小さい丸太の断面に穴が空いている。
親友が2日目に送ってくれた花束の白バラをさした。
すぷん、と入った。
入り口の手すりの向こう、見下ろす松島さんに手渡した。
「はい」
松島さんは、部屋の中に散らばる物ものを、祭壇を設えるように
美術化していく。
途中、電気が消える。
光の駒が回る。
私は、「もう帰るね」を歌った。
http://www.nextmusic.net/index.php?command=profmusic&profid=20050510020033
白バラを送ってくれた友人が、好きだ、と言ってくれた曲だった。
おわり。
終わったら、何にも分からなくなった。
片付けて、三人と、吉本由美さん(ダンサー)で小さな打ち上げ。
タイ料理のお店で呑んだり食べたり。
それぞれが感じたことを話す、反省も。
吉本さんがくれた感想が、心をほっとさせてくれる。
松島さんのドイツでの経験は、とても興味深く参考になった。
また、次、どこかでやりたい。
津田さんの耳の設えがあれば、どんな空間だって楽器に鳴るんだもの。成るんだもの。
思えば、彼の耳に、松島さんと私は見守られていたと思う。
帰り道、靖国沿いのスポーツ・ショップ「Victoria」のフラッグにジャンプして届こうとする。
「えー、無理だよー、届かないよー」
の声に混じって
「届く届く、大丈夫、届いてる届いてる」
と、松島さんの声。
その後のジャンプで、指先が触れた!
届いた。
届いたんだ。
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