2006年6月11日 (日)

翌日。

さすがに起き上がれなかった。
体が痛い。
何せ丸太が効いている。

昼過ぎにギャラリーへ出かける。
雨が降っている。

ゴミを一通り片付けて、
丸太をもとあったところへ返す。

戻ってきて、少し写真を撮る。

このギャラリーは、7月いっぱいで、無くなる。

何らかのかたちで残る、とは想うのですが。
期間中も、画廊を持ちたいという女性や、
スポンサーがいてバーを持とうと思っているという男性が
見学に来ていました。

私は、一週間あの場所の鍵の開閉をできて、とっても幸せでした。
枯れた花を分けて、気付く人には気付くようなところへそっとおいてみたり、花びらを一枚椅子の上において、ちゃんと気付いた人は座るまえに躊躇してくれるかしら、と微笑んだり、日々変わる光の中でお絵描きしている手元に、どこかからやってきたダンゴムシが遠慮なく横切っていったり…。
入り口の前を行き来する人の横顔が、何年もあっていない友人に似ていたり。

その日に行かないと分からない変化を
その日のために選んだ器に活けるような
そういう人に、あの空間の主になってほしい。

さて、画廊にくしゃん、と座ってみました。
思えば私は一人です。

「私は一人です」
この言葉は、交わりたくない人との防波堤でした。
自分から背を向けて、その背を見てもらうための言葉でした。
背を向けるくせに、立ち去ろうとはしないのです。

でも、どうやら私以外の人たちも、みんな一人らしいのです。
そのことに、今回の個展を通して、ちょっとだけ気付いた気がします。

と、この先はまだ分からないので、都合のいいことや思っていないことを書いてしまわないように、書くのを止めます。でも、多分、「〜らしいのです。」の後は、「一人」と真反対の言葉だと思います。全く違う言葉が、一文の中でつながるのだと思います。

そうして分かちがたいのだと思います。
だから、分からないのだと思います。

思えば、すべて、表面や輪郭をなぞっているだけなのかもしれません。でも多分、触れていることそのものが重要で、触れられること自体が運命で、そのふちは銀色に輝いているのだと思います。

「苦は楽の種」ということわざに訳される英語で
”Every cloud has silver lining”
という言葉があります。
どんなに曇りでも、雲の向こうは太陽が輝いている、という意味から上記のことわざに訳されます(どうも解せないこの翻訳。誰がこのことわざとつなげたのだろう。語感&音感が乏しくないかと憤る)。

でも、雲の上の太陽よりも、
見えない太陽を感じて、
淡い影と濃い影の構成でかろうじて見える様々なものの
呼吸を聞いて、
雲の周りの銀色の縁を、指でたどって、愛でていたい。

そういう気分と、情景。
この情景には、どうやっても一人でしか立てない。
これを、私はこれから
「私は一人です」
と形容したいと思う。

全ての人がこの晴天を自分のためだと思う。
全ての人がこの曇天を、自分の運命だと思う。


せっかくなので、床置きに展示していた絵に寝っ転がって、セルフタイマーで写真を撮る。
この絵は、いらした方にはお伝えしましたが、道で拾ったベッドの敷き板です。
道ばたで、なんてうつくしいんだろう、と、一度通り過ぎて、引き返して、拾ってしまった。
せっかくなので上半身裸で横たわって、撮る。

液晶で見てみると、私の肌色は、
生きているし、死んでいる色をしていた。

涙がとまりません。

さようなら×ただいま

。。

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2006年6月10日 (土)

最終日。

昼と、夜の2回パフォーマンス。

昼の回は、大学時代の恩師が現れる。たった1年だったけれど。
文化人類学者・上田紀行さん。
パフォーマンスが終わって感想を頂くが、その第一声が
「お前も大人になったなあ」
という親心的な。仕方ないですよね。10年だもの。
でも、ビジュアル的には、お互いほぼ時間の経過を感じないことに笑。

昼の回。
少し早めに集まって話すが、特に話すことがない。ということが分かる。
「マイクを倒さないように気をつけましょう」
「はーい」
といったところ。
一つだけ試したいことがあり、松島さんにお願いをする。

本番。

私はギターや布を振り回して残響と遊ぶ、声を出す。
メトロノームを揺らしながら鳴らして、不規則な音の連なりを作る。
手すりを金槌で打って、教会の鐘みたいに鳴らす。
歌う。うたう。謳う。唄う。詠う。謡う。唱う。ウタウ。

津田さんは、前回天井の照明設備に設置していたマイクをやめ、床に立てた三脚に設置×2本。
スピーカーは部屋の隅と隅に対角線上に置くが、壁に向けて音を反射させている。
そして、インドネシアの竹笛を吹く。鐘をならす。貝を鳴らす。
設営のとき音を聴かせてもらうと、森のような、音・音・音。
「もう、言葉にならないくらい、なんだろう、すごくおもしろい」(津田さん/本番前)
こう言った津田さんは、子供と老人を足して割ったような、
とてもよい顔をされていていた。

この音空間、何かに似ているな、と思ったら、そうだ、
オーケストラの演奏前のチューニングだ。
音が合ったり離れたり、ふあああっと、ふいに膨らんだり、
あの時間の音は、目に見える。
あの時間がいちばん好き。本編はいつもウトウト。

松島さんは、配管用の扉と壁裏を本番前に発見。ここに入り、そこから出て来ることに。
扉と言っても、40センチ四方の小さな穴。
最初に水筒だけが出てきて、お客さんたちは「え?今なんか、あそこから・・・」
と、そのうち、足から徐々ににじり出て来る。
にじり出る、胎児が生まれて来るみたいに。

この後は、いろんな彼がたくさん現れる。
ハーモニカをくわえて、呼吸を観客に味わってもらったり、
赤いレーザーが回転するオブジェ、その光る点や線と戯れたり、
歌ったり、踊ったり。
私は彼に大きく口を開けてもらって、その中に歌った。
松島さんの口の中は、街みたいだった。ふふふ。
途中ふいに普通の声で「おはよう」と言われて、「おはよう」と返す。

と、そして、突然外に出たかと思うと、バイクで走り去ってしまった。

きょとん。やられた。ステキ。

残された二人は、何をやったか思い出せませんが、二人で最後を迎えました。
しばらくして松島さんが帰ってきます。
「これからだと思った」
自由だなあ、私なんか、まだまだだ、と、憧れてしまう。

終演後は途中駆けつけてくれた友人からお菓子を頂く(後でみんなで分ける)。
「これ、アイマニ食べてください」
「え?これ、何ですか?」
「お菓子です」
「アイマニ?初めて聞いた、面白い名前のお菓子ですね!」
「チガウチガウ、間にみなさんで食べてください」
「・・・あ・・・」
と、おとぼけを全開してしまう。

駆けつけてくださったテキスタイルデザイナーのアリタマサフミさんが
素敵な言葉をくれる。
「見た後と見る前とでは、明らかにこちらに変化をもたらしている。少しの角度であっても、それが何年後かには大きく変容しているような。そして自分の変容が、自分の周りにいる人も変容させる」
両手の平で角度をつくって示して、
その角度の先の開きを、サーチライトの広がりのように表しながら。
三匹の蝶の羽ばたきは、誰かの人生に津波を起こすことがあるかしら。

三人+来てくれた方たちでカレーやハンバーグを食べにいく。
各人の活動や、東京と地方での、芸術活動に触れる機会の格差について話す。
上田さん曰く、
「東京ってすごいね。たくさんのアーティストや活動を、受容し続けているのだから」
松島さんや津田さんの学生時代の話も面白い。
映画や演劇をどこで見ていたか、などなど、。
私は松山という片田舎で育ったから、触れられるものも限られていたが、
手に届く(もしくは届かない)までの膨大な時間やステップは、
手に入れたいものとの関係をより深くしてくれたはずだと信じている。
もちろん、接し方には色々あって、物事や対象を「スキャン」するみたいに接してたって、その数が臨界点を超えると、質に転化するだろうと思う。

さて、夜の部。
セッティングは昼の部と同様。
より自由に、遊ばせてもらう。三人で大いに遊ぶ。

津田さんの笛が、昼よりもじんわりと、その乾いた明るい音に反して、
水墨画の手法<たらしこみ>のように見る人を染めていく。

私は、プロジェクターの光だけを壁に当てて、影絵のようなものを手で作り、
そこに即興で言葉を付けてみた。
うっすらと明るい室内では、プロジェクターの光が藤色に発されて、
レンズの前で手の影を落とすと、何とも言えない、霧の情景になる。

面白かったのは、松島さんが外で歌い、私が中で歌い、
お互いの声が外へ、中へ出入りしたとき。
途中、私も展示スペースからバックヤードに退いて歌うと、
津田さんの設えた<声の主のいない>音空間には、
二人の声の<こだま>だけがゆっくりと駆け巡っているのだ。
何だろうこれは。何だろう、これは。

そして、途中、私も外へ。
裸足で街をさまよう。
自動販売機の横にデッキブラシを見つけて、拝借して戻って来る。
さあさ、プール掃除、とばかり、シャコシャコ床を磨く。
沖縄民謡「安里屋ユンタ」を口ずさむ。
津田さんが歌を捉まえて、絶妙なディレイをかける。
画廊が一瞬にして海岸になった。プール掃除は、海へ流れ込む。

電池とモーターで安定して自転し続ける駒の登場。
本来なら、回さないと光らないし、モーターも回らないのだが、
自宅で色々試している際に壊してしまい、何もしなくてもモーターが動き、
光を発するようになってしまった。
でも、それを箱に詰めると、中に虫がいて、ぶぶぶぶぶともがいているようになる。
その箱のふたをすぅっと持ち上げると、緑の光が表れて、ぶぶぶの音も鮮明になる。
箱から出して、握る。まだ正体は明かさない。
握った拳を壁に当てて、光と音を落とす。
その光を、松島さんの赤いレーザーが時折追いかける。
そうした後、床で回す。緑の光。

バックヤードから先日描いている途中に嫌になったロール紙(ぐしゃぐしゃ)を
取り出す。
ちょっと触るだけで大きな音がする。
それを寝っ転がって抱きしめたり、布団のようにまとったりする。
くるまって呼吸すると、それに合わせて紙が鳴る。
気付くと、松島さんが駒と遊び始めていた。

もう一度外へ。
出ている間に、松島さんは照明を変えて、
テーブルの上で踊ったり、色々していた。
で、「借りたものは返さなければ」と律儀にデッキブラシを戻しに行った私は、
またもや自販機の横に、何と丸太を二本発見。
それを引きずって画廊に戻る。
画廊の前を二往復。
「やらかしとるなー、と思って爆笑しそうになった。みんな気付いてないし!」(津田さん/終演後)
丸太を垂直に持ち、ぽこんぽこん、と床を鳴らす。
最初は外で、次に中で。
お寺から聞こえて来る、何かの音みたい。
ギャラリーに戻ってからは、丸太を両手でもてあそんで音を出したり、動いたり。

そしてやはり今回も松島氏はバイクで走り去る!

泣いてみた。
お客さんは松島さんの行動に笑い出す。
泣いてみた。
壁を蹴った。
水の入ったボコボコ音のするトランペットを吹いた。
去って行ったことを悲しんではいないんだけれど、どうしたらいいか分からないのを、素直に出してみた。
「あの、誠さんが走り去って、阿弥ちゃんが泣き始める瞬間にね、それまでたくさんたまっていた破片が、一気につながるの。ああって、散らばっていた気持ちが昇華されるの」(吉本由美さん/終演後)

そして、松島さん戻る。
丸太を引きずって、引きずった音を声で代弁する。
何往復か歩く。
小さい丸太の断面に穴が空いている。
親友が2日目に送ってくれた花束の白バラをさした。
すぷん、と入った。
入り口の手すりの向こう、見下ろす松島さんに手渡した。
「はい」

松島さんは、部屋の中に散らばる物ものを、祭壇を設えるように
美術化していく。
途中、電気が消える。
光の駒が回る。
私は、「もう帰るね」を歌った。
http://www.nextmusic.net/index.php?command=profmusic&profid=20050510020033
白バラを送ってくれた友人が、好きだ、と言ってくれた曲だった。

おわり。

終わったら、何にも分からなくなった。

片付けて、三人と、吉本由美さん(ダンサー)で小さな打ち上げ。
タイ料理のお店で呑んだり食べたり。
それぞれが感じたことを話す、反省も。
吉本さんがくれた感想が、心をほっとさせてくれる。
松島さんのドイツでの経験は、とても興味深く参考になった。

また、次、どこかでやりたい。
津田さんの耳の設えがあれば、どんな空間だって楽器に鳴るんだもの。成るんだもの。
思えば、彼の耳に、松島さんと私は見守られていたと思う。

帰り道、靖国沿いのスポーツ・ショップ「Victoria」のフラッグにジャンプして届こうとする。
「えー、無理だよー、届かないよー」
の声に混じって
「届く届く、大丈夫、届いてる届いてる」
と、松島さんの声。
その後のジャンプで、指先が触れた!
届いた。


届いたんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 9日 (金)

六日目。

午後、中野新橋のとても素敵な古本屋さん「猫額洞」ご夫妻(stueさん&cocoさん)が遊びに来てくださった。近くに古書会館があるので、買出しの帰りに寄ってくださった。

>>猫額洞(本当にステキ。)

http://www.h4.dion.ne.jp/~nekomata/

http://byogakudo.exblog.jp/

このお二人、まったく猫ちゃんのようで、ふぅっと訪れたかと思うと、ふぅっと空間になじんでしまう。stueさんは私のギターを弾き始める。cocoさんは、空気の色が見えるみたいにコロコロと瞳をころがす。

そうこうしているうちに最近知り合った女の子が来る。目の大きなかわいらしい人。彼女は以前猫額洞のそばに住んでいて、何度も行ったことがあり、「もしかして・・・」と画廊の隅でお喋りが始まる。縁てすごいなあ。

夜、パフォーマンスは坂本直さんと。

直さんの友人がたくさん来る。

直さんは、どの人に対しても「ぷうん」と張った糸のように冷静にまなざして、まず相手の言葉を受け取る。

受け取ってからその糸をゆるめ、その人への愛情が形になる。

その、何とも言えない平等さと

形がほころんだときの温度に

とても優しさのある人だと思った。

さてライブは、直さんがラップトップを二台、各種エフェクターを数台用意して、いろんな音を出す。ためらい無く出せるところが好感。

私は、まず、電気を通さないギターを鳴らして振り回す。振り回した軌跡が音の流れになって、空間を描く。その後は、初日に作った箱をたたいたり、手摺をゴングのように鳴らしたり、長い筒を吹いたり。手のひらにろうそくを立てたり、ライトテーブルをつけたり消したり。その度にバックヤードに行って、物を取ってきて、直さんの様子をそーっと覗いて、ぼちぼちと音を出す。

そんな中、時おり直さんと目が合う。この、関係の風穴みたいなものが、何か、幼い頃の友人を思い起こさせて、少し笑ってしまう。何だか懐かしい。教室の隅っこと隅っこで、たまたま目が合って、理由も無く気になりあっている、というような。

でも、こうして今書いていて、彼の音が一音も思い出せない。

彼の音と一緒にあった自分の音も思い出せない。

何でだろう。

聞いてたのになあ。

多分、二人で二人分の一音になったからかな、と。

閉廊後は買出しをして、近くの公園でわいわい。

こういうのは久しぶりで、また少し懐かしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 8日 (木)

五日目。

大成功。
ありがとう、梅原宏司さん。
本当に。

今日のパフォーマンスは、彼に「話して」もらって、
その過程で彼の「芯」「真」に近い部分を探索していく試み。

声の<嘘と本当>の聴き分けをする。

イッセー尾形の演出で知られる森田雄三氏の
演劇ワークショップの手法を借りて、知人「梅原宏司」を探しにいった。

昨年森田さんのワークショップを受けて、心が揺さぶられて仕方なかった。
真似だって言われてもいい、彼の手法を借りて、でも、私の探し方で、
この梅原氏の中に、本当の、否、「嘘でない」梅原氏を見つけてみたかったのだ。

彼とどんなやり取りをしたか、覚えている範囲で記します。※
一切シナリオなし。打ち合わせなし。
私はうつむいて、ただ彼の声だけを聴いて、彼がゴテゴテと身にまとっている
心の甲冑や衣装をそいでいくことに徹します。

聴いていると、彼の声の「嘘」がありありと分かる。
悪意で嘘をついているのではない。
人と人の間に置く「何か」を計りすぎているのだ。
この様子は普段話しているときも感じていた。

しかし、日常生活の中で、彼の言葉尻を捉え
批判し、方向を歪める行為を行うと、それはいじめであり、
私自身の快楽でしかない。

しかし、これをアートの空間で行うとどうか?

といっても、私の中に「アートとは?」と問うたときの答えは(まだ明確に)ない。
ただ、もし、この「アート」という言葉がこの世界に存在するとして、
その時空間では、彼を「探す」試みが、いじめでなく、
私もちゃんと共犯になって、見ている人にも支えられて、行うことができると思う。
そういう行為自体をアートと呼ぶかどうかは別として、
この行為が成立する時空間をアートと呼んでもよいと思う。

要は、もう少し彼と友人になりたくて、このパフォーマンスを行おうと決めた。

以下、覚えている範囲で梅原さんとのやり取りを。

(※書いたのですが、一晩おいてみて、削除しました。やっぱりライブならではのパフォーマンスだったから、文字に起こすと徐々に腐ってしまいそうで、やめました。ここに書いたやり取りは記録としてコピペして残しておきます。興味がある方はお見せしますので、おっしゃってくださいね。)

と、覚えている範囲で、おおむねこんな感じ。
ずっと目を閉じて、梅原さんの声だけを聞く。
意味は素通して、音の嘘と本当を聞き分けていく。

なかなか鎧の固い人で、まだまだ脱ぐ余地はあるけど、
今日行けるところまでは行けたと思う。

今日は、見に来てくれた人に、本当に助けられた。
じっくりと声という音、言葉という音に聴き入って、
彼が変わっていくときのスリルを共に味わうことができた。
ありがとうございました。

この後、おまけで歌を歌う。
素敵な夜だった。
梅原さんは、「知人」から、もうちょっぴり、「友人」になった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月 7日 (水)

四日目。

今日は松島誠さんと。

音楽どうこうじゃなくて、中学生ぐらいまでにできなかったことって、
大人になってもなかなかできないもんだな、と思う。

でも、怖じ気づいている自分を見つけることができたので、
土曜日の再共演は、今の年齢なら信じられること、信じられないことに
正直になってみようと思う。
そういう意味で、今生きている自分を殺し続けるものに、
一旦死んでもらおうと思う。
一旦死んでまた生まれたら、
仕方ない、目を合わせたまま何度も刺し違えればいいと思う。

さて、松島さんは声、動き、その他諸々、ひっくるめて存在を用いてくれた。
また、初日に作ったマイク入りの箱をお気に入り、大いに遊ぶ。
そして、赤いレーザーの出るオブジェ、ブルースハープ。
この人一人で既に一つの街になっている。
秩序がある。
松島さん自身、視覚的にも聴覚的にもバランスに長けた人だと思う。

私はというと、ギターのフィードバック、声、無造作な動き、
ひっくるめて内気な人間。
女にすらなれない。
あわれだった。

「もっと裏切ってほしい」

はい。

裏切るためには、より多くの松島さん以外が
共に過ごしてくれることの重要性を感じた。
多くの敵か多くの味方か、どちらでもいい。とにかく「観客」ってすごい。
そうして初めて、私は自分の在り方を決められるのだと思った。
媚びるのとは違って、人がいればいるだけ、制御できなくなって
自分の中身が外にぶちまけられる。
ステージの昂揚って、そういうことかな、と思う。
粒子になって、場の中で飛び跳ねたい。
土曜日、たくさんの人に見てほしいと思う。聴いてほしいと思う。

そのとき、終わった後に、
私が何に見えたのか見た人に教えてほしいな、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

三日目。

今日は1.3m×10mのロール紙を広げて、
ずっと、ずーっと絵を描く。
でも、ぜんぜんうまくいかない。
何にもつかめない。

絵を描く前に紙を高く巻貝の塔にしたり、
山を作ったり、川にしてみたり、
色々するんだけれど、なあんにもうまく行かない。
空間造形って難しいんだなあ。
もっと小さい単位、例えば糸とか。
そういうものでアプローチすることから始めないと、分からなくて分からなくて
苦しくなる。場所や自分が嫌いになる。

もう駄目だ!となって、柔道の投げ技みたいに10mをぐりんぐりんに丸める。
紙がものすごい音を立てる。
この部屋の残響のすごさに改めて驚く。
紙の、悲鳴みたいで、泣いてしまった。
でも、ここでやめないと、できることや得意なことを繰り返して、今日死ねなくなる。
ごめんね、紙。

一息ついて、ギターとポータブルのアンプで遊ぶ。
恥ずかしながら、初めて、ギターとアンプでハウる音を作る。
こんなに楽しいことだったのか、と感動。
キーンだけじゃなくて、電車や男の怒号が生まれて来る。
沸騰した泥、渦巻きの晩鐘、あの人の声。

みんなこんなに楽しいことで遊んでたのか。

明日の松島さんとのデュオで使ってみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 5日 (月)

二日目。

津田貴司さんとの共演。
来てくださった皆さん、ありがとうございました。

日中、思わぬ人の来訪にほころぶ。
オレンジケーキを頂いて、さらにほころぶ。
お話ししていると、津田さんが登場。
お互い大荷物に苦笑。

午後の、いつまでも移り変わるささやかな光の中でセッティング。
画廊の前の植栽が落とす影と光は、どちらも光に見える。
どちらも友人のように思う。

さて、開演前。
昨日もだが、道に迷った方が結構いらしてとてもすまなく思う。
「山崎家 葬儀+生誕式」の看板なら怒られないかな。

今日は、津田さんがアンビエンス・マイクを二本用意し、一本を天井近くに(照明のレールにはわす)、もう一本をスタンドにセッティング。手元のマイクでは、時折「何か」の音を立ててくれる。で、様々な音を集音してディレイ操作を施す。
空間全体が楽器です。その中で動きます、音をだします。

声、足音、壁を触る音、床を叩く音、手すりのゴング、布の空気を斬る音、貝のおしゃべり、金属の楽器、笛、一緒にいる人たちが生きているゆえに出している音、外の車も、通りがかる人、遠くのどこかの音、聞こえていない音も「たぶん」全部、ここにいると味が起き上がって来る。

角を曲がった人の、置いていった影、遅れてついていく存在のシッポが、視界を横切る。
そんなふうに思う。

「ああ、会えなくなると思っていたけど、ここにいらしたんですね」

と、大友良英さんがリュック・フェラーリに贈った言葉を、終わってから思い出す。

この部屋は白い部屋。
思えば白は、全ての可視光線を反射している。
じゃあ、この空間には、反射された透明の様々がいて、私たちに触れている。

透明のガラス、粉々にすると白い粉に見えるのを思い出す。
今日の音は、その小さな粒子たちだったのだろうか?

もう少し書きたいのだけれど、こっとり体が疲れています。
とにかく、よい夜でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 4日 (日)

初日。

展覧会が始まる。
来てくださった皆さん、ありがとうございました。

初日はソロ。
映像と音と、声。
音はギャラリーにあった空洞の長い踏み段のようなものに
マイクを入れてみる。
触り方によって違った音が出る。
印象的な足音になったり、瞬間的に洞窟ができたり。

映像は金沢にいたころ撮影した映像を再編集したもの。
「全ての人は海をもっている」
カラー映像だったが、モノクロの鉛筆画のように変えた。
これに12、3年前に撮った夕日の写真(カラー)を合わせる。

「全ての〜」は、見つめる行為を撮った。
編集では、いろんなものが結びついていく少し前で手を引いて、祈った。
何を祈ったかは書けないけれど、それは、生きている理由に関わるというよりも
死なない理由と関わっている。

まず照明を全部外すところから始めて、
画面のブルーを少しずつ出していく。
映像と踏み台で一緒に演奏。ときどき声。

映像を終えて、照明を二個付ける。
最後に絵を二点展示。床置き。終わり。

一人ではもう、したいことがないように遠く思う。
・・・一人で何かするには、時間が必要だと感じる。

これから最終日まで、毎日死んで毎日生まれることは
できないかもしれない。
そうするための足がかりの7日間かもしれない。
だとすると、それは死ぬための準備だろうか?
それとも、生きるための準備だろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 3日 (土)

みらいのてがみ

二日目(6/5)に共演する津田貴司さんから
未来の手紙をもらう。
あのときの気持ちになる。


わたしは、毎年5月ごろになると、一日だけ
どうしようもなくなる日がある。

5月の、夏になる前のある日の、14時半ぐらいの、午後。
突然光や風が体の中にいっぱいになって、
なつかしくてなつかしくて、仕方なくなる。
気がつくとある一枚の葉っぱの中へ 
奥へ奥へと
帰ろう還ろうと、分け入っている。

でも、最後のところでいつもパンッとはじかれて
ぽつっと、5月の昼下がりに戻される。
「お前は違う、仲間ではないんだよ」
と、拒まれる。

これが起こる日はたいてい自転車に乗っていて
とぼとぼと ようやくペダルを踏む。
歩いた方が早いくらいで ペダルを踏む。
声は いつも 逆の方から 呼ぶのは なぜ?
涙の筋が途切れないまま、家に帰る。

正確に言うと、こういう日が、何年か前までは
必ず毎年あった。
ここ最近は、実は、ない。
年を取ったということだろうか?

そこに、津田さんから未来の手紙が届く。
あのときの気持ちになる。
ひなたの匂いがする。

5月は2日前におわってしまったけれど、
6月でもいいから、
どこかの樹の、どこかの葉っぱと、
もう一度目が合うことがないだろうか。

これからまた、
たくさんの人に出会うのだろうけれど
「ただいま」と「バイバイ」を
いつでも同時に言えたらいいのにな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 1日 (木)

遠い目−初日のソロ

昨日のこと、ようやく時間が取れる体になったので
昼間から外へ出る。
昨日以前も外に出ていたけれど
思えば場所から場所への移動で、
その間の小道のような時間も、場所も、通路でしかなかった。
箱のようなビルから、
箱のように囲まれた街の通りを抜け、
箱のような電車に揺られ、箱のような通路を通り、
箱のような所で人と会う。
寄り道がなかった。

昨日、昼間から外へ出る。
自転車に乗って走る。
ブレーキが甘い。ヒヤヒヤする。
降りて、見回す。

遠くに焦点が合いにくくなっている。

少し前にも同じことに気付いた。
本屋だった。いや、図書館だったか。
本を探すのに極めて億劫に感じていることに気付く。
「なんで、億劫に感じているのか?」
逆説的だが、まず感情に気付き、そこから今の状態を疑ってみた。

目が遠くを見にくくなっていた。

立ち並ぶ本棚を見通して、ここと向こうを行き来しながら
散漫な集中、集中した散漫で過ごす幸せはどこへ行った?
ぐっと、悲しくなった。
身体的な理由から感情が左右されていることに驚く。

昨日、昼から外に出る。
遠くに焦点が合いにくくなっている。
近くしか見えなくなっている。

取り戻せるだろうか、少しは、これからの生活で。

遠いと近いは、私にとって同じこと。
ものすごく「近いこと」をやっていても、近ければ近いほど、
ぐっと私は散らばっている。

初日のソロは、遠い と 近い  に関わってみようと思う。Departures

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«変わる/無くなる